家族とは、という永遠のテーマ

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春だからでしょうか、毎日毎日眠くてたまりません
早咲きの桜はもう満開どころか葉桜になってるし
ソメイヨシノもけっこうもう咲き出しましたね

春ですなぁ・・いやぁ眠い

春眠暁を覚えずどころか四六時中眠いです

例のフジテレビのドラマ、隣の家族は青く見えるの最終回でしたね
ドラマって10回とかなんですねぇ・・あまり普段ドラマ見ないので知りませんでした
アニメとかは27回とかそういうイメージで同じようなものかと思ってましたが

1時間が10回なのでお話が非常にコンパクトにまとめられているんですけども
トータルで良いドラマだったなぁと思います
涙なしでは見られないといいますかね・・

ドラマ故のコンパクトさにまとまっているので
主人公は一回の採卵・移植・流産でいきなり不妊治療に挫折はしているんですけども

私にも不妊治療に挫折しかけた時、「離婚」の二文字が頭をよぎったこともありました


夫を父親にしてあげられない事に対する罪悪感からの離婚・・・というような
良い人全開の動機ではなかったですけども
たしかに不妊治療に挫折すると離婚したくなるものなのだなぁと思いました
実際に自分もそんなふうに考えました

私の場合はとっても簡単な動機です
子沢山(ではないですが)の親族の中で、自分だけ子供が持てなかった場合の居心地の悪さを想像したら
とてもじゃないけど無理だなぁ、とそんな感じです
同情の目で見られるのもキッツイですし、ドラマの主人公達のように
子供は持てなかったけど子供を避けるような生き方したくない、なんて聖人君子のような考え方はできませんし
当然のように子供も親族も避けて生きるしかないように思ったので
まじで子供ができなかったら離婚かなぁとか
半分冗談ではあったものの、そういう話を何回もした記憶があります

そのたびに氏に「夫婦ってそんなもんか、結婚てそんな軽いもんか」と怒られましたけども
それこそドラマのように

いやいや、そんなに軽いもんじゃないですけども
その後自分にのしかかってくる精神的負担も決して軽いもんじゃないって見えてたので
そういうのもあり、なにがなんでもという気持ちでそれこそ死ぬ気で治療に耐えました

実際に、子宝に恵まれず夫婦ふたりで生きていくことを決断された方もたくさんいらっしゃいます
その覚悟たるや想像を絶するものじゃないかなと思います
私にはできませんでしたから
しかし決断できなくとも、しなくてはならない・・現実は厳しいです
無理なものは無理ですからね
いくらお金をつぎ込んだとしても無理なことってありますから
例えば病気などで卵巣摘出してしまった方なんかは、どうにもなりませんからね
海外で卵子提供を受ければ可能かもしれませんが・・一般人的にはちょっと非現実的です

どうしても自分の人生の中で、子供というものが必要不可欠だった
その理由を語ることはないとは思いますが、どうしても必要だった
そんなふうに言うと氏からは「俺の存在意味どこ?」とか「俺はただの種馬なんですね・・(種少ないけど)」という辛辣な回答がきます
それはまたちょっと違うんですけどね・・

なんでしょう、でも本能の部分もあるんですよね
恋人もおらず、ひとりでふらふらと生きてた時はあまりそういうことは思わなかったんですけど
パートナーができて、環境が整って、ギリギリの年齢になった時に
なんかこう本能からほしいと思ってしまったんですね

これは男性にはない感情なのかもしれませんけど・・・


それぞれの家族の在り方って、他人がどうこう口出ししていいところじゃないんですね
本人らがそれで納得していることが大事であって
他人の価値観や一般的といわれる型にあてはめる必要はない
だからいろんな家族の形があって、それはそれでいいんです

でもそれは、本人らが納得している場合です

本人が納得していない場合がある
確実にあるんですねそれ

それが、自分の実家の環境です
他者が介入できないところで、私は解決したいすべてをクリアーにしたいと望んでいるけど
実母がそれを嫌がるんですね・・私すらも外部の人間と思っているのか介入されたくないようです
クソめんどくさいです
母性からなのか「あんたはあんたの家庭があるんやからそっちを大事にしなさい」と
まぁその母性も理解できないことはないですが
実家の環境って、よっぽどの事がない限り自分にずーっとくっついてくるんですね

血の繋がった人間に対する家族愛みたいなものって、正直自分でよくわかっていなくて
実母や実家の環境に対する愛情なんてものが果たして自分に存在しているのかわからないのですけども
心にずっと引っかかっている部分であって、臭いものに蓋をしたままの状態でこの先生きていけるのかなという罪悪感というか
親孝行みたいな尊い考え方ではないんですけども・・・

飛ぶ鳥跡を濁さずじゃないですけど、いや全然違うか
これから生まれてくるであろう子に、そういう私の実家の闇の部分を残しておきたくないというか・・
私達夫婦にはいろいろあって両方とも父親がいません
なので子供にはじぃじが最初から居ない状態なんですね
(ですのでじぃじめちゃくちゃ募集です)
ばぁばは両方とも健在ですけども、片方がねぇ・・・闇の事情抱えてるので・・

そういうの考えると申し訳ない感じなので・・

なんとかしないとなーと
先日散々説得(LINEでですが・・)してみましたけどもダメでした
私以上のクソ頑固者ですあいつ
元々頑固な上に歳くってるからもうタチ悪いです
それを氏に報告すると「おまえとそっくりやんけ」とキッツイ一言いただきました
まぁ自覚がないわけじゃないですけども・・

人に頼るというか、弱みを見せるというか、そういうことを悪いことだと思っているのか
まったくできないんですね、そういうのよくわかります
なんでも自分一人でなんとかする、なんとかできると思ってるんですね

元々似たような人間ですけども
異なる環境で生きてきて、幸いにも私は頼ってもいいよと言ってくれる方々に囲まれて生きてきたので
少しくらいは心を開くことができるようになりました

だがあいつはダメだ
全く心開いてない

まぁ、犬も食わない夫婦喧嘩よりももっとひどい、ハイエナすら避けて通るような案件ですけども
なんとか・・ゆっくり解決できるように進めていくしかないですね・・はぁ


話がとっちらかった感じですけども
まぁ、ドラマおもしろかったって話です

子供を授かることも奇跡だけども、一緒に生きていけるパートナーと出会うのも奇跡とか
そういうお話でしたね

結婚する相手間違えたわと冗談で思うこともありますけど
概ねこれでよかったと思っています

概ねなんていい方したらめちゃくちゃ失礼ですね

さらにもっと失礼な言い方しますと
まぁ、モテないダメンズウォーカーでしたもので
今までは自分の事しか考えていない感じの方とばっかりお付き合いしてたんですけども
なんか人生で初めて、私の事を真面目に考えてくれる方でしたので
まぁそういうところですかね

「優しい」ってけっこう曖昧な表現というか
優しさにものさしってないじゃないですか
すごい漠然とした褒め言葉だったりするんですけど
こうすれば優しい、こういう考え方なら優しい、というのがなくて
でも体感としてああ、優しいんだなというのがあった

自分の中で衝撃的なことがあったんですよ

初詣で近所の神社に行ったとき
知らないおばあさんが、ゆっくり階段を登ってお参りしてたんですけど
足が弱っているのでしょうか、登ったはいいけど降りられずに困っていたんですね
神社の階段ってけっこう急勾配だったりするので・・
それをみつけた、おばあちゃん子である氏が
そのおばあさんに声かけて、手を引いて一緒に階段降りてあげたんですね

もう衝撃

知人に優しいのは多分当たり前だったりする
知ってる人に親切にできるのはわりと普通(それでも尊いけど)
でも、知らない人にそういうふうに優しくできるのってすごいなぁと

というのが概ねこれでよかったと思えるエピソードです


なんの話やら・・・

春ですねぇって話だったと思ったんですけどね

マルタ釣りに行きたいところですね、マルタ釣り
多摩川は遠いので、近くでマルタ出るとこあればいいんですけど

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