てばなし

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 死にたい
だなんて
言う人は

あまり、好きではない

それは何故か

そういう事を言う人格が
自分の中にもあるし
だけど
明日を生きたいと思っているから

「あんたなんかに何がわかるの」
それも
よくわかる

わたしはわたしであって
他の誰でもないから

自分は不幸だと思って
周りが見えなくなる

過去しか見えなくなって
明日が見えなくなる

だけど
そんな事って
誰にでもあることだと思う

自分だけが特別じゃない

あなただけが特別不幸なわけでもないし
あなただけが特別幸せなわけでもない

それはあなた自身のものさしで
あなた自身の価値観

だれかに聞いてもらいたい
ただそれだけなんだろう

でも不幸自慢をしたって
何になるだろう?

傷のなめ合いが目的なら
それで正しいのかもしれない
そこから生まれるものもあるだろう

だけど、何かが違うと思ってしまう

正直に言えば良いだけの事だ

かまってほしいのだと

ただ、吐き出したいだけなのだと

人はどうして
自分自身の存在意味を
他人に求めてしまうんだろう

誰かに必要とされることで
自分の位置を照らし出そうとするんだろう

本当に
対象である「誰か」を信用しているのなら
必要とされたいと願うことなど
なくなるはずなのに

だから不安がいつまでも消えない

そして
何故「誰か」を信用することができないんだろう

それはきっと

自分自身を信用していないから
自分自身を必要としていないから

自分と、自分自身というのは
ともに歩むパートナーなのだと思う

自分自身を忌み嫌うことで
自分と、自分自身との信頼関係を壊し

他人を信用することができなくなる

自分はひとりぼっちだと思うか

自分にはいつも隣に
自分自身が居る

あなたを必要としてくれる
あなた自身がそこにいる

あなたに差し伸べられている
あなた自身の手を
何故振りほどくのですか

その手をとれば

誰かに必要とされないという
不安がすこし軽くなるのに

あなたと、あなた自身で
明日を生きたいと思えるような
なにかひとつ
小さな楽しみをつくればいい

とても刹那的な生き方だけど

朝が来ることを恨むよりか
ずっといいように思う

そう思って

今日まできました

想像するだけで
ドキドキするような楽しみが
これから先にたくさん待っている

その楽しみが終わったら?

その楽しみが終わる前に
その先に楽しみをまた作る

そういう生き方

例えば
財布を無くしてしまった時
無くした事を悔やむよりも
次はどんな財布を買おうかと考えるほうがいい

そして

気持ちが落ち着いた時に
無くした財布を思えばいい

そんな事を
今日も思いました

「僕は何故生まれてきたんだろう」
そんな詩

水たまりにうつる、もうひとりの自分を見つけたとき

そんな詩

自分の人生で起こったこと
感じたことをかきながら

わたしはまだ
何故生まれてきたのかという答えや意味を探していて

そして
明日を生きたいと思って

わたしと、わたし自身とで

今日も生きています

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