yukinoと虎と馬たち

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コレクターなのですか?

そういえば昔にもこのタイトルを使った記憶があります

最近のイライラが一向におさまらない

暑さのせいなのか
自分のせいなのか
環境のせいなのか

いらっとして
文句をいってやろうかと思うこともあるけど

そこはまずいだろうという場面では
ぐっと言葉を飲み込むようにしています

顔は確実にひきつっていますが

「どうでもいい」という
とっておきの呪文を唱えます

たいていの場合は、本当にどうでもよかったりします

それでも怒るってことは
絶対ゆずれないところです

そんなこんなもあって
愚痴なんかはメンバーや友達にきいてもらったりして
ここをはけ口にすることも少なくなりました

気がついたら
蝉が鳴いてた

そういえば7月か
もう夏なんだ

夏が嫌いなのは
未だになおっていません

夏が好きだって言える人は
きっとコンプレックスの少ない人なんだろう
なんて推測をしてみたり

蝉の声も風のにおいも
きらいです

でも昔みたいに
夏の空気で落ち込むことはなくなった

だって、おちこんでる暇なんかないし

いろんな事を昇華できたから

おわりのないおわりは
自分の中にあったって
気づいたから

いや、気づいたんじゃないかもしれない
生まれたから

境界性人格障害なんていう
たいそうな、戒名のようなお名前をいただいて
それにアイデンティティを感じていたのも
ずいぶん昔の話で

未来が見えないことや
明日が来ることに
おびえることもなくなって

それは
感覚が麻痺しているのではなくて
耐性がついただけの話で

ちょっとやそっとの出来事では
驚くこともなくなった

毎日毎日へとへとなので
多少なりと心の休まる時間が欲しいと思うこともあるけど
必要かといえばそうでもない

幸せを、拒んでいるかのように

むかしむかしに
そんな話をした

「不幸な過去を完全に捨て去ってしまうと
 自分が自分じゃなくなってしまう」
そういった人がいた

わかる、気がする

自分の立ち位置や
自分の存在を見失わないために
「不幸」という名の補助が
時として必要だったりする

忌み嫌っているはずの不幸な過去が
実は好きなんじゃないか、って

そう
本当に捨て去りたいのなら
わたしは多分すぐにでも整形外科に行く

でもいかない

不幸な過去だと思っていたことも
今となっては
大切な自分の一部だから

だから
「不幸な過去」だなんて
思うことも
もうやめた

もっと大きな悲しみもあったけど
それはそれで良かったんだと思えるようにもなった

日常はとってもたいくつだし

蒸し暑いし

やることは山積み

言葉を飲み込んでいたというのもあるけど
実際、いそがしくて
なかなか書けなかったり

さて、次は何をしよう?

夜が昼の倍くらいあればいいのに

生きるために必要なことだから
しぶしぶ仕事をしているけど
可能であれば

仕事をしている時間も
自分の制作時間にあてたい

夏なんだろうな

きっと

暑さでそういう思考になってるんだ

遊びってなんだっけ?
娯楽ってなんだっけ?

天地人もぜんぜん見てないや

職場で仕事をしているか
スタジオで練習しているか
ライブをしているか
自宅で制作をしているか

気を失うように寝ているか

これの、どれか

でもま、楽しんでやってるから
これでいいや

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