1979112420080310birth

投稿日:

いろんなことに我慢できなくなった
目が腫れるまで泣いた
これじゃいけないと思った
だから
本当の事を書く事にします
「yukinoさんかっこいいです」
「yukinoさんすてきです」
そう言ってくれるのはすごく嬉しいです
そうやって応援してくれる方々にとても感謝しています
だからこそ
ちゃんと本当の自分でありたい
自分はフェアじゃないと思った
外から見える自分は、自分自身の一部
すべてではない
いろいろな事で
すべてとはいきません
名誉毀損となってしまうような事柄は避けて
自分自身の事を書きます
それを知って
去ってくれてもいい
それを知って
それでも応援してくれるならいい
後ろめたさを抱えたまま生きるのが
償いなんだと思ってた
じゃあ、罪を放棄するのか
そうじゃない
嘘つきな自分を終わらせたかった
ただ、それだけです
嘘つきな自分で居続ける以上
心の孤独は消えない
嘘つきな自分を終わらせる事で
孤独が消えるかどうか
それもわからない
つくられた自分
ほんとうの自分
その間で葛藤の日々
心の底から笑えるように
心の底から泣けるように
すべては自分のエゴです
ごめんなさい
19の秋だったと思う
とても落ち込んでいた
作曲のスランプ、自分の位置
ひとりでいる事の孤独
だれか、わたしを心配してよ
カッターナイフを右手に
左足首に赤い線を引く
いわゆるリストカット
そんな事をしても誰も心配しない
そんな事をしても何にもならない
わかっていたんだと思う
だけど自分を止められなかった
絆創膏を貼って
平然とした顔で日常を過ごす
嘘をついて笑っているのが辛かった
誰にも言えなかった
次第にエスカレートし
腕、胸、手首
生傷だらけになった
人の首を締めて殺す夢を何度もみた
そうして生まれたのが
natural
「悪い夢にうなされていつも不安で
 傷跡がふえる度に進めなくなる」
happinessという曲
「たくさん泣いて身体が軽くなったら
 また歩き出そう、自分の足で」
親が離婚するということで
身辺整理のつもりでアルバイトを辞めた
2001年3月
いわゆる、ひきこもりに近い生活を送る
昼間は誰もいない自宅
自分ひとり
5月庭に咲いたジャスミンが印象的だった
mayという楽曲ができた
flowerという楽曲も
日本語に変えた
「過ぎ去る古い日、迎える新しい日
 罪も悲しみも背負って強く咲こう」
朝寝て夜起きる生活
気分は沈降したままで
カフェイン入り錠剤を過剰摂取し
急性肝炎を患う
不眠症のような症状、倦怠感、動悸
身体は限界に近かった
そして精神的にも限界だった
スタジオでいきなり泣き叫んだり
仲間を憎んだり
10月、バンド解散
止まっていられない
新しいバンドをやりはじめた
今度は守られるばっかりじゃない
自分がみんなを守ってやらないと
気がつくと、続いていたリストカットは止んだ
67kgまで太った
5月、ようやくまともにアルバイトを始める
全部穏やかにながれているような気がしてた
もう、きっかけがなんだったか覚えてない
いや、多分古い友人の死と
古い友人の殺人
夏、リストカット再発
過食嘔吐をくりかえすようになる
アルバイトの帰り道に食べたラーメンを
駅でぜんぶ吐く
ベビーフードやスープなどを食べて生活をしていた
1ヶ月ほどで15kg痩せた
心療内科のドアを叩いた
薬を処方してもらった
先生は自分を理解してくれない
すぐに通院を辞めた
たぶんこの頃に
青の夢の果てに見るものという楽曲ができた
「そのひと呼吸をためらった
 そのただ一歩をためらった」

別の心療内科へ行ってみた
先生に泣かされた
「もっと将来の事を考えなさい」
それができないから通院しているのに
眠れない、と言うと
ハルシオン、ロヒプノールを処方された
遠いので通院が辛いと言うと
近所の病院を紹介してくれた
先生の書いた紹介状を自宅でこっそり見ると
「境界性人格障害の疑いあり」
2003年2月
アルバイトを終えて
帰宅途中のコンビニで
食料を大量に買い込み、ビールを一本買う日々
自室に帰って、買ったものを一気に食べ
ゴミ袋の中に吐く
ハルシオン、ロヒプノール、デパス、パキシル
薬を飲み、ビールを飲む
どろんと溶けるような感覚
何をしたのか全く記憶がない
翌朝気がつくと
ベッドは血まみれ
携帯電話には謎の発信履歴
ハルシオン1シートがこつぜんと消えている
薬を飲み過ぎたら
翌日の記憶すらも曖昧になる
2日後、気がつくと
なぜかストレートパーマをあてた形跡
それが何日も続いた
理由はもうわからない
抑えきれない孤独に身をまかせた結果
たぶん、最後の日
携帯のカメラが飛び散る鮮血を記録していた
翌日気がついて
なにを思ったか
部屋の床に飛び散った血をペットボトルに集めた
500mlのペットボトルが満タンになって
それでも足りなかった
血と嘔吐物のにおいのしみついた白い部屋
もう二度と戻りたくない部屋
そのすぐ後ぐらいだった
インフルエンザを患った
歩くこともままならず1日目は病院に行けなかった
2日目病院にいってインフルエンザと診断を受けた
3日目熱がさがらない
40度をたもったままだった
夜間の救急病院に行った
先生にいわれた
「やるべき事はやったので、あとは安静にして寝ていてください」
知ってた
なんで熱が下がらないか知ってた
左腕と左足にぱっくり開いた傷跡が化膿してるからだ
「先生、恥を忍んでお願いします。この傷治療してください
 熱が下がらないのはこのせいです」
死ぬほど恥ずかしかった
死ぬほど情けなかった
外科に案内された
「これは縫わないとだめだ」
縫うと、治療の金額が大幅にあがる
「先生、縫わずに治療してください、
 親にバレたくないです、お願いします」
先生は、承諾してくれ
化膿して死んだ肉をきれいにこそぎ落とし
傷口をきれいに合わせ、テーピングしてくれた
「先生は精神科医じゃないから、こんな事言うのもなんだけど
 しんどい事があるんならいつでも相談しにきなさい。
 それか、パーっと騒いでストレス発散したらいいよ」
先生ありがとう
そうやって優しくしてくれた先生に誓って
もう二度としないと決めた
先生、1回だけ約束やぶったけど
それからはちゃんと守ってます
インフルエンザ4日目
熱はすっかり下がった
大事をとってアルバイトはお休みにしていたので
ファーストガンダム全話を2日かけて見た
そんなお話
だから夏でも長袖
リストバンドじゃ隠せきれない左腕
アームウォーマーが流行してくれて助かった
5年経っても全然消えない無数の傷
これみよがしに包帯をしている女の子
これみよがしに傷を出してる女の子
そういうのは
不快感を与えるからよくないよ
っていつも言ってるけど
本当はちょっとうらやましかった
嘘をつかずに生きている事が
2007年7月14日
伝えたいことがあった
だから、はじめてそれをはずしてステージに立った
誰も気づいていなかったかもしれない
だけど、死ぬほど怖かった
フェアじゃない
わたしはそんなにかっこいい人間じゃない
人道外れた事をして生きてきた人間
これだけじゃなくて
人として最もしてはいけないことをした人間
こんなことは
言う必要の無いことなのかもしれない
人に不快感を与えるだけかもしれない
怖くて怖くて
みんなが自分を嫌いになるんじゃないかって
言えなかった事
farfugl
「許し合うよりも僕が僕を
 許せますように、愛せますように」
黙って生きるつもりだった
だけどそれはフェアじゃないんだ
正々堂々
自分という人間で生きるために
不器用でごめんなさい
おかあさんごめんなさい
みんなにごめんなさい
そんで
ありがとう
恋愛難民の言い訳
自分の中に
208号室をつくったのは
これを隠すため
もう鍵はあけた
いままでありがとう
ありがとう
ごめんなさい
しっかり生きます

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