とある女性と納豆のお話

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某テレビ番組と、納豆とのお話
近頃ニュースでよく見かけます
僕は会社のパソコンで、ニュース系サイトから情報を見る
メディアが垂れ流した情報を鵜呑みにする
有名人が「良い」といったものを「良い」とするものさししか持ってない人
飲み物などを買いに休憩時間にコンビニへいった
僕の前にレジにならんでいた女性は
2個1パックの納豆だけを買っていった
「納豆を食べれば痩せる」という情報を
鵜呑みにしてしまったのだろうか
僕たち消費者のもとへ届く
真実の情報とは一体
全体の何割なんだろうか
これはビジネスだということに
気付かないのだろうか
前の職場にいた頃
同じ某番組が「水菜は健康によい」と放送したところ
翌日、水菜が飛ぶように売れて欠品状態になったと
商品部の人が言っていた
じゃあもっと影響力のある番組を作って
経済が潤滑になるように偽の情報を流せばいい
同じような事が
音楽でも言える
宣伝量と売り上げは比例するが
売り上げと作品の良さは比例していると言いがたい
大多数の人間が「良い」というから作品は「良い」のではない
表現者が思いを込めて作り出した作品はすべて「良い」のだ
なのに何故「売れるもの」と「売れないもの」との差があるのだろうか
ユーザである僕らが
それぞれの作品をフラットに見れない環境にいるからだ
以前にも書いたことがあるが
FUJI ROCKのグリーンステージで演奏する人が良くて
苗場食堂のステージで演奏する人が良くないのではない
すべては「良い」のだ
すべてをフラットな目線でとらえた上で
どれが自分は「好き」なのか
それを自由に選べる環境・思考が
僕たちには足りないのだと思う
その環境を手に入れたくて始めたのが
ambient meean movementだ
http://www.amm-web.com/
インディーズで、宣伝力の劣る僕らが
宣伝力の勝る人達の土台に上がってやればいい
自分の足で
すべてが同等に露出すれば
ユーザは何を選べばよいのか迷うだろう
その迷いこそが「自分自身の目線」を手に入れるステップなのだと思う
納豆から話がずれてしまったけど
言いたいことは
痩せたければ食べるな、もしくは運動しろ
そして
インディーだろうがなんだろうが
僕の音で
誰かの心をノックすることだってできるはずだ

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