ある夫婦

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いつもより二時間早く
仕事を終える
帰ろうと思ったら
バイクの後輪がパンクしてた
やむをえず、家まで押して帰ることを決める
梅田から上新庄、なかなかの距離
天六の交差点まであと数百メートルというところで
信号待ちをしていた
すると、さる理髪店の年老いた店主が声をかけてきた
「パンクしたんか?」
そうなんですよ、と答える
すると店主は手招きをする
近所で知っているバイク屋さんを教えてくれるそうだ
店主はバイク屋に電話をしてくれた
そして僕を小さな商店街の奥へと導いた
古い、小さな商店街
スーパーや、魚屋、薬局などがひっそりと立ち並ぶ
店主に連れられるままに僕はバイクを押して歩く
世の中には嘘みたいに汚い世界もあるけれど
こんなふうに親切にしてくれる
嘘みたいに綺麗な世界もまだのこってる
僕はただその親切に身を委ねた
路地を入ったところに
そのバイク屋はあった
おばさんが、待ってましたよと迎えてくれた
バイクを狭い店内に入れ
僕は緑の椅子に腰掛けた
バイク屋の年老いた主人が店の奥からやってきた
足が悪いようだった
バイク屋の主人は、奥さんであろうおばさんに
口うるさく、あれを用意しろ、これを用意しろと指示をする
おばさんはゆっくりと準備をする
バイク屋の主人が準備をしているあいだ
おばさんはいろいろ話をしてくれた
昔はたくさんあったバイク屋も今ではずいぶん減ったことや
主人が脳梗塞になったことや
それでも主人が仕事を辞めたがらないこと
だけど、いつまで続けられるかわからないということ
バイク屋の主人は
僕のバイクの後輪の横に段ボールを敷いて座り
ゆっくりと作業を始める
おばさんは、いろいろな道具を出したりして
バイク屋の主人をサポートする
おばさんは主人の小言に相づちをうって
じっと主人を見守っている
バイク屋の主人の手つきはあぶなっかしく
僕が見ていてもはらはらする
でもおばさんは手を貸すことなくじっと見守っている
おぼつかない手つきだったので
作業にはすこし時間がかかった
その間、ずっと考えていた
その主人とおばさんは長年連れ添ってバイク屋を営み
決して裕福といえない生活のなかで生きている
きっとおばさんはバイク屋をはじめるまで
バイクのことなど何一つ知らなかっただろうに
今では修理に使う工具の事など、なんでもわかるようだった
身体が不自由になっても、それでも仕事を続けたいと願う主人のエゴを
何も言わずに陰でしっかりと支え続けている
きっとその主人からバイク屋という仕事を取ってしまっては
おそらく生き甲斐を無くしてしまうんだろう
時間の重み
生きる事の難しさ
そして
言葉など無い、無償の愛が
そこにあるようだった
7時を過ぎた頃に作業は終わり
バイクを店の外に出した
すると向こうから理髪店の店主がやってきて
心配だから見にきたとの事だった
夜も遅いのに無理矢理仕事を押し付けてしまったことを
気にしていたようだった
「あなたもちゃんとお礼をいいなさいよ」といわれたので
何度も何度も丁寧にお礼の言葉を並べた
あの空間で
僕は少しだけ時間を止めた
バイク屋の夫婦のように
僕は人を愛せるようになるだろうか
求める愛、傷つけ合う愛もあるだろう
だけど、見守る愛というのもある
そこへ辿り着くまでに
僕はきっと年老いてしわくちゃになってしまうんだろう
年老いてしわくちゃになった時に
傍に居る人を
見守ることができればいいなと願う
無事に直ったバイクを走らせ
長柄橋で立ち止まった
もえるような美しい夕日だった
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