移りゆく季節、変わりゆく自分

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ご無沙汰しています
ってか、もうここを見ている人も少ないと思うけど・・
べつにくたばったわけではなかったです
少し、怯えていることがあって
それで、(内面的に)籠っていました
そのあいだにいろいろあったように思います
神戸でライブした
改装してて、新鮮な感じだった
神戸はお客さんの反応がよいので好きだ
大阪は、音楽人口の割にハコがやたら多くて
人がばらけてしまう
けど、神戸はハコが少なめなので、本当に音楽好きな人がたくさんきてくれる
だから、お目当てのバンドが終わったら帰ってしまう人が少ない
「キャッチボール」が成り立つ場所
僕はピッチングがとても下手なので
相手が上手だとすごく嬉しい
本当は僕がナイスピッチングをしないといけないんだけど・・・
その翌日にバナナホールでLOST IN TIMEのライブを見た
自分自身勝手に思ったことだけど
価値観が同じ方向を向いているように思った
けど、ロストのライブは僕のような一方通行ではなく
ちゃんと「キャッチボール」が成り立っていた
自分の中で「ライブ」というものの認識がすこしずつ変わってきているように思う
不器用なりにも、僕のできる「キャッチボール」を見つけたいと思う
まぁ・・そこそこに色恋沙汰もしてみつつ
生活がうまいぐあいにまわる=クリエイトソウルも安定する
心が満たされると、音にかわって溢れ出てくる
こういう状態の時にギター持つのは本当に楽しい
だけど、心が満たされると言葉は生まれなくなる
心が空腹になると、乾いた喉から言葉が溢れ出す
この凹凸を繰り返さないと「曲」は生まれない
・・・抜け出せないな、このサイクルから
やめてしまえば楽になれるけど
やめてしまえば、掌におさまるような幸せしか手に入らなくなる
辛くない事が無い事なんて無い
変わらなければ
そう望んだから
そう望んで、明日からは違う自分になれたらいいな
そういう願いをこめて
僕はまた頭を真っ黒にした
そして、たばこもやめた
(諸事情の恐怖感によって結果的に『減煙』にしかならなかったが)
最近、指運の練習とか地味な事をしている
とにかく、今の状態から抜け出したい
それは「逃げ」ではなく「脱皮」
映画を良く見る
今日は「ロボコン」と「リリィ・シュシュのすべて」を見た
多分ロボコンで泣いたのは僕くらいじゃないだろうか
スポ根には昔から弱い
リリィ・シュシュはすべてがすばらしかった
(主演の少年が非常に僕の「萌え」に超ストライクだったことはとりあえずおいておく)
色彩、映像、テーマすべてが
思い出したくもない生温い夏の空気がよみがえった
・・ダメな人にはダメな映画だろうな
視覚的音響系
このシーンがどう、とかじゃなくて
脳に直接伝導する感じ
僕はでもどちらかというと「発信器側」なので
「ああ、これは使える」とかそういう汚い視点で見てしまう部分もあった
気が付けば朝も7時をまわっていた
これ以上は脳がオーバーワークだけど
そういう感覚が久しぶりで、楽しい

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