平和学習

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日本人にとって夏は
平和について考える季節なんだと
思ってみたり

お盆だしね
終戦記念日もあるしね

「なんにも手に付かない病」を発症しているので
ずーっと戦争の歴史だとか
そういうのを勉強してた

どれが正しい情報で
正しい知識なのかはわからないけど
「知る」ということはとても大事な事だと思う

今思えば悔やまれる
もっと、じーちゃんばーちゃんに
そういう話を聞いとけばよかった
むかーしむかしに少し聞いたことがあるような気がするけど
あんまり話したがらなかったしなぁ
そりゃそうか

1945年前後は
今からじゃあ想像もつかないくらい
食べるものも着るものも住む場所もなかったんだろうな

母方の祖父母は
島根の離島の田舎暮らしだったので
もしかしたらあんまり直接的に
戦争というものを体験してないかもしれない
貧しくはあっただろうけどね
場所が場所なだけに
竹島問題の方が濃い気がするけど

人ひとりの意見としては
「戦争はよくない」って思う
そりゃ当然だ
そしてこんな豊かな国に生まれて
いちおう思想も言論も自由とされてて

普通は死にたくないって思うわけで
自分の家族や友人が死ぬのも嫌なわけで

でもそのシンプルな考えが
逆にいいように思うんだけど

非常に現代的であると

敵対する国が憎いだとか
敵対する宗教が憎いだとか
そういう感情、日本人はとても薄いと思う

だからこそなのか
平和について学習する余裕もあって
平和について考える余裕もある
頭使うだけじゃダメなのかもしれないけど

日本国内にも
解決しなくちゃいけない問題がたくさんあるけど
政治的な事も、震災の事も、原発の事も、いろいろ

でも、直近であった太平洋戦争とかとは
ちょっと性質が違うと思う

なんて言っていいかわからないけど

ジェノサイド、民族浄化、大義名分

人が人らしく生きる

難しいね

今の自分は
物質的に恵まれているから
そう思えるのかもしれない

人のしあわせってのは
心が満たされることなんじゃないかって

でも物質的に満たされていなければ
心も満たされなかったり

難しいなぁ

「その人の立場」になってみないと
分からないものだもの

考えを広くするって難しいね
でもそういう人間が増えないと
新しい平和な世界ってこないんだろうなぁ

正義と悪で分けてしまったら
なんにもなくなってしまう
でもひとりの人間にできることなんて
自分の正義を貫くぐらいのものだしさ

核兵器は反対だなぁ
それはおおっぴらに言えるよね
だって核兵器使ったことないもん
ろくなことないもん、多分

でも原発は反対って
おおっぴらに言えない
だって今電気使ってるもん
クーラーがんがんにかけて
こうやってMacでネット回線つないでるんだもん

電気無い生活してたらさ
多分言ってると思う
でも電気ない生活してないもん

原子力発電よりも
もっと安全なエネルギーで
みんなが使える電気を作ってるわけじゃないもん
作ってたら言うかもしれないけど

動物愛護団体の人すべてがビーガンなのか
イスラム教の人は本当に豚を食べないのか

生き方ってそういう事だと思うんです

むかーしに
「自分で殺せるものしか食べない」って決めてた時期があって
たぶん5年ぐらいそうしてたんですけど
動物性タンパク質は魚か卵か牛乳ぐらいしかとってなかったんですけど
そんなことしても
毎日たくさんの牛や豚や鶏が殺されるわけで
あんま意味ないかなって思ってやめた
それよりも、目の前にあるものを
残さずおいしくいただくほうがいいんじゃないかって

汚染が気になるところであっても
千葉で釣った魚普通に食べるしね

捨て猫がいても、親か兄弟がいたら拾わない

あーーーまとまんなくなってきた
ほんと難しい
難しい
主観だけでもの言うのは簡単よ
否定も肯定もあるだろうけど

自分の視点、他人の視点、いきものの視点、星の視点
いろいろ考えたら
なんにも言えなくなるね

感謝と供養は大事
こんくらいしか言えないわ

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