雨ふりで幕開けた2005年、鬼門月

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どうも
みなさん、お元気お変わりないでしょうか
俺は
アウト

悩むことは悪いことじゃなくて
結果的に良いことに結びつく事も多いけど
悩んでいる最中は
それはもう「望みが絶える」と書いて絶望
明日になれば笑えるとか
その時は思えないもので

いろんなフラストレーションが蓄積されてます
でも、それはなんとか誤摩化したり
けっこうなんとでもなるものやけど
未来に対する絶望は
どうやっても、ぬぐえない

街ですれ違う人々は絶望したりするんだろうか
あの人は未来をどうとらえてるんだろう
君は
何を
思う

光は見えない
それは
盲目だからじゃなくて
光とは何なのか思い描けてないから

1年後の自分
10年後の自分
晩年の自分
僕はいったいどこにいるのか

僕はいったい何をしたいのか
僕はいったいみんなに何を求めているのか
僕はいったい僕自身に何を求めているのか
僕はいったいどこへいきたいのか

行動に意味を持て
僕はそういうけど
一番、見えてないのが僕だったりして
行動に関連する行動が見えていたとしても
根底にある心理が見えてなくて

確固たる自分がないのに自己表現なんかできるわけない
だから僕の言葉は軽いんでしょ

だから僕の存在が軽いんでしょ
↑てゆう自分を卑下する言葉を使うと
僕の存在を許してくれている人をないがしろにするって事はわかってるけどね
だけど僕は不安で不安でしかたない
みんなが僕に不安を与えているのではなく
僕自身、みんなに対する愛が足りてないだけ
だけど、どうしていいかわからない

だから
悩むんです

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