暇だからマンガを読む人と、刺激を受けたくてマンガを読む人

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人に話せる程度の悲しみなんて、たいして痛くない
そう思っていましたが
悲しみが大きすぎて、人に話して共有する事で
悲しみを軽くするという方法もあるようで

自分自身に起こった悲しみよりも
自分を取り巻く環境で起こった悲しみのほうが
共有したいという欲求が大きいようで

僕がまだ人に言うことのできない悲しみは
既に悲しみではなくて
ただの「前科」になっていて
それを人に告げる事で自分の評価を下げてしまう事につながる気がするので
まだ、くちにすることはできません

だとしたら僕は、今持っている悲しみを人と共有することができているように思います
だって、あれは「前科」だから

罪は隠すから罪であって
人を殺した人は、殺した日人を山にすてたり燃やしたり地中に隠したり
悪いと思っているから隠す
僕は悪いと思っているから隠します
でも、「罪」は時効がくると「売り物」や「美談」に変わります
「今はこんなにまっとうな人間でも昔は相当悪かった」的な話題を
ほしがっている人は多分たくさんいます

僕はその「売り物」を使ってでものし上がりたいと思う事があります
けど、それは最終兵器
今手の中にあるものを失うリスクも伴います

けど、隠し続けるかぎり
僕の中から孤独が消えることはないでしょう

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